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世界のSaké、その未来〈盃のあいだ nº26〉

日本酒コンシェルジュ 江口崇 aka Umio 日本酒コンシェルジュ 江口崇 aka Umio

日本酒の未来はどうなるか? この1年間で海外の日本酒醸造所を訪問し、お話を伺いした経験を咀嚼しながら、(時には酒を飲みながら)日本酒がこれからどのように発展していくか、その未来に思いを馳せるようになりました。

すでに、saké[1]は日本だけのものではありません。日本の「國酒」であると同時に「世界酒」なのです。これから海外でsakéのイノベーションが起こり、それが日本の日本酒に影響することでsaké全体がダイナミックに発展するでしょう。そしてその時、sakéは柔道と同じようにグローバルなアルコール飲料となり、日本酒は最も伝統があるけれども、sakéの多様性の一つになるでしょう。

台湾・メキシコ・ブラジル

台北にある「霧峰農會酒莊」は農業協同組合が経営する醸造所で、土地で栽培される米「益全香米(台農71号)」を使っています。里芋のような香りが特徴的で、技術者はそれを取り除くのに苦労しているけれど、どうしても特徴が出てしまうといいます。ところが、その香りは心地よいものでした。

試飲したところ特に燗酒で温かく甘い芋の香りが広がり、現地の食事によく合いました。地元の米を使って酒を醸したことで地域に寄り添った味わいとなったのです。この方向性をより活かしてほしいと願います。

メキシコにある Sakecul が醸す “Nami” はその強い苦味が特徴です。醸造家たちもその苦味について “¡Recuerdame Nami!(Namiを思い出す)” と口を揃えます。日本ではポジティブに評価されにくいであろう、その苦味は彼らの誇りなのです。地元のタテマラソースをつかったタコスによく合いました。

最初のバッチを試飲したときは、彼らが修行していた日本の酒蔵の酒とそっくりな味でした。技術力を感じました。でもそんな彼らが選んだ味わいは、この強烈な苦味だったのです。ここに「地酒」の誕生を感じました。

ブラジルの Azuma Kirin は1934年から醸造している歴史ある酒蔵です。当初は日系人のために酒を醸していましたが、次第に日系コミュニティーでの飲酒機会が減り、需要が激減します。

北米に影響された和食ブームがあったものの、決定的に需要が増えるきっかけとなったのは2000年代の「サケ・カクテル」ブームでした。かつて度数の強い蒸留酒「ピンガ」を使っていたカクテルを、sakéで置き換えることで、健康志向にマッチしたのです。このとき、sakéが「日系人の酒」から「ブラジル人の酒」となりました。日本ではメインストリームになりにくいカクテルがsakéの消費を押し上げたのです。

2010年代後半の海外醸造ブーム

海外での酒造りの歴史は、いまから100年と少し前の1900年代にさかのぼります。日本が海外に進出した時期でした。台湾やハワイ、ペルー、ブラジルで日系人向けの醸造が始まっています。これが第1の波。第2の波は1980年代に和食ブームに後押しされ大手メーカーが北米などで現地醸造を始めたときのことです。

そして現在の第3の波。ここ5年くらいで世界中にsakéのマイクロブルワリーがどんどん誕生しています。日本酒に魅せられた外国人が地元の人々のため醸すのが特徴です。日本で修行や研修をした醸造家たちのマイクロ・ブルワリーです。計画中の醸造所も相当な数があると言われています。

日本の地酒以上に「地酒」

私がみた世界のsakéは、ほんの一部ではありますが、それら全てに地域が反映されてました。日本の地酒以上に「地酒」なのです。Noma の René Redzepi は彼の料理を "We're decoding our soil, our region."(私たちの土壌・地域をデコードしている)と語っています[2]。台湾・メキシコ・ブラジルのsakéはまさにそれぞれの土地が「デコード」されたものです。米・気候・食文化・飲酒スタイル・飲酒文化・思想。それらが込められた(エンコードされた)ものを、解釈(デコード)することにより本質的な地域性が反映されているのです。

イノベーションは周辺から

世界のsakéは、日本の日本酒とは味わいの方向性や飲み方のスタイルが違います。しがらみや固定観念がない分、自由です。自由な発展があるからこそ本質的に地域を酒に映すことができます。

食べ物や飲み物に「地域」を映し出すのは、世界のガストロノミーの大きな潮流です。「日本酒のあるべき姿」よりも「世界のガストロノミー」を向いて醸されているのです。「こんなの日本酒じゃない!」と言っているうちに、気がついたら日本の日本酒を超えているでしょう。

日本の「日本酒」は「米と米麹を使ったこした」酒。これは、「穀物の醸造酒」という視点からは、非常に限られた範囲の特別な存在です。世界のsakéは同時にこのコンテクストからも自由です。だから、日本の日本酒はsakéの多様性の中の一つの存在に過ぎなくなるでしょう。この意味で、前述したように「sakéがjudoになる」と考えるのです。

さらにその後は、海外で自由に発展したsakéが日本の日本酒に影響を与えはじめるでしょう。日本の日本酒は、自由なコンテクストでの発展を取り入れながら、「発祥の地で醸される文化と伝統に根ざしたsaké=日本酒」としての価値が再構成され、ふたたび輝き始めるに違いありません。多くの文化は接触と混合で発展してきました。このような日本酒のクレオール化が日本酒自体を発展させることになると考えます。

きょうも日本酒コンシェルジュ通信に来ていただき、ありがとうございます。世界のSakéに乾杯!

※ この記事は2019年3月14日の世界のSakéについての連ツイをまとめ、加筆したものです。

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参考文献

  • 二瓶 孝夫. 続・ハワイにおける日本酒の歴史. 日本釀造協會雜誌. 1985. 80巻11号.
  • 吉田元. 台湾の酒1985-1945. 論集 食と飲酒の文化. 1998. 平凡社:東京.
  • 柳田利夫. ペルー日系社会における「和食」とアイデンティティ. 海外移住資料館 研究紀要第8号.
  • 酒類の地理的表示一覧|国税庁検索. (2019年8月5日閲覧)
  • きた産業. 世界サケ醸造所マップとリスト. (2019年8月5日閲覧)

  1. 国税庁が指定する地理的表示制度で「日本産の米を使って日本国内で造られた清酒」のみが「日本酒」と名乗ることができるので、ここでは “Saké” と言います ↩︎

  2. René (Season 1. Episode 6.) [Video file]. In Anthony Bourdain. (Producer). (2012). The Mind of a Chef. Retrieved from Netflix ↩︎