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【書評】農口尚彦『魂の酒』

日本酒コンシェルジュ 江口崇 aka Umio 日本酒コンシェルジュ 江口崇 aka Umio

能登杜氏四天王の一人農口尚彦杜氏

酒造りの職人を束ねる最高責任者、杜氏。能登杜氏と呼ばれる杜氏集団で四天王の一人とされているのが農口尚彦杜氏です。

農口さんの杜氏人生を聞き語り形式でまとめたのがこの本。2003年の出版です。

常に学び、常に新しい

読後に印象に残ったのが、農口さんの「常に学ぶ」姿勢です。

他の酒蔵を訪問し酒造りを勉強したり、「昔の人がやったことのないことにチャレンジしたい」と過去の技術を継承しながら常に新しいことをしたりするエピーソードにあふれています。

体で覚える、職人の世界

農口さんは昔ながらの技術と徒弟制度の中での酒造りから、化学と機械化の酒造りへの変遷のなかにいた世代の職人です。

本当の職人は体で覚える」、農口さんは自らの失敗体験を語りながらこう力説します。腐造(タンク1本を腐らせてしまうこと)させてしまった体験は勲章であるといいます。

毎日泊まりで酒造りをする代わりに3交代でやってみるというエピーソードでは、杜氏一人がつきっきりでないといい酒ができない、という結論に達していました。ミーティングで物事を決めても、誰も責任を取らずに、その結果いい酒ができない、杜氏一人が全責任を負うことが必要だとの考えです。

徒弟制度の本質を見極め、それを守ろうとしているのだと感じました。

出品酒と消費者の酒

少し意外に思ったのが、農口さんの鑑評会出品酒の考え方。「出品酒は、業界内で競う喧嘩酒、消費者の視点に立った喉越しがおいしい酒」と、飲み込まずに吐き出す利き酒で評価された酒でも、必ずしもお客さんが飲むときにいい酒とは限らないという考えです。

山廃造り

伝統的で高い技術が必要とされる山廃造りのストーリーに紙幅の多くが割かれていました。山廃造りで(培養された)酵母を添加する方法を編み出したとしながらも、「いつか野生酵母で山廃を醸したい」とも語っています。

ちなみに農口さんは山廃を学びに伏見の酒蔵に通っていたそうです。

酒造りの詳細な描写

山廃造りを始め、酒造りの全工程がかなり細かく描写されています。麹の温度管理での具体的な温度まで具体的に書かれています。

これは写真や動画などで酒造りの概要を知っている方には、とても興味深い記述です。農口さんが酒造りをしている様子が映像として浮かんでくる文章です。

こんな人におすすめ

この本は聞き語り形式で、農口さんがお話するのを書き起こしてまとめたものです。そのせいか、話が飛んだり同じ話が繰り返されたり、文章の密度や温度感が変わったりしています。

そういった点を読みにくいと感じる方もいるかもしれませんが、私は、かえって農口さんから直接お話を聞いているような情景が浮かんできて、その臨場感を楽しみました。

専門用語も解説なしに出てきたりして、酒造りの前提知識が要求されます。日本酒がどのように造られるかの工程をある程度知っている方で、日本酒の世界をもっと深く知りたい方、ものづくりの真髄に触れたい方におすすめの本です。

魂の酒
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農口 尚彦
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